NPO法人 楽しいモグラクラブ

みんなのブログ

・居場所です

この店にいらっしゃる人達の中で、
自分のいろいろな事を治す場所だと思っている方がいます。
私は、ここは居場所でいろんな人達と出会って自分で育っていくのは
オーケイだよって、育たなくてもオーケイと言っています。
人とかかわる事で自分の位置が分かる、
そして行ける所がある、それでいいって思っています。
その中で自分はどう生きていくか、自分で考え、
動き出せればいいなって。
人とかかわると傷つく事もあるだろうけれど
だんだんうたれ強い人間になっていく楽しみもある。
そう思って来てくれたらと思います。

・いい事か悪い事か ②

いい事か悪い事か、いい人か悪い人か、
見分けた時に危ないと思ったらきちんと切れるかが大事になってくる。
争う事はあんまり良く思わないかもしれない、
でも、きっぱり切る為にはやらねばならない時だってある。
それが勇気ってやつ。
逃げたって、その場、その一瞬の事、またもとにもどってしまう。
人生を逃げるのってけっこう疲れる。
人生に立ち向かうのも疲れるけれど、やったというここち良さものこる。
どちらを選ぶかは自分しだい。
この世はジャングルならば、小ちゃくていい、
ターザンになって生きていこうね。

・いい事か悪い事か ①

いい事か悪い事か、いい人か悪い人か、という事、
見わけるの大事かなって。
だって、いい事言ったりやさしかったりする人の
中で悪い事させたり悪い人だったりする事もある。
何だか変、なんだか危ない、そういう感覚って
大昔はとってもあったと思う。
ほかの動物に食べられちゃって生きていけなかった
ジャングルの中で生きてきた第六感だよね。
今は別のジャングルの中で生きている、その第六感が無いと
別な物に食べられてしまう。
異性であったり、友達、まわり、お金、ギャンブル、お酒、薬、その他いろいろ。
この世の中は昔も今もジャングルなんだって思って
その第六感を育てていかねばと思うこのごろです。

・欲望

人はいろんな欲望があってけっこうお金があるとかなう。
今はすぐお金を貸す所があります。
そしてとても危ない所もあります。
借金をしても責任がとれないので返せない。
人はだれでも嘘をつきます。
中には自分の責任をとれない為にその場その場を逃げる嘘を言う。
人生をころがるように友も家族もいなくなる、
そこまでしてこの人達は何を求めているのだろう。
昔から足るを知るということばがあります。
自分の身のたけの生活をする事、静かで、これも又
幸せな生き方なんじゃないかと私は思うのですが、
あなたはどう思いますか。

・無視

いじめの中に無視するという事をする人達がいます。
いじめられる人達にとって、これがけっこう辛い。
真綿で首をしめられるように、じわじわきます。
何が悪かったんだろう、いや~な気分になって
この場にいられなくなってくる。
会社、学校、家庭、今はいろんな場に無視がはびこる。
何か変だね。
いじめる人達は幸せではないのだね。
そう思って少しは気分を変えようね。

追伸、
私はいつも”ダジャレ虫”という虫を飛ばしています。
    すると回りから”ムシ”という虫が飛んでくるのが私には見えます。
    私はいじけないもん。            少しは

・自立していきます

人は自立していきます。
でも自立する事に対して阻む事や人がいろいろあります。
自分自身であったり、家族であったり、社会であったり、その他いろいろ。
家族って何だろう、幸せになって欲しい、みんなそう願っているはずなのに。
人の可能性は年齢に関係なく私はあると思います。
自分を信じ、その人を信じ、生かされている、
自分を信じて、可能性を追及していく。
人はいつか死にます。残された人が自立した人だったら
安心して死んでいけるような気がするのだけれど。
家族を愛する事、人を愛する事ってけっこう難しいなって思います。
本当の自立もね。

・学校って何だろう

このごろ学校って何だろうと考える事が有ります。
私の学校時代ぼ~としていていつもお客さんでした。
先生の言っている事あんまり分からない。
国語のテストの時、この作者はこの文章を書いた時
どう思って書きましたか、と問われた時、人の心は分からない
と書いたら×でした。
今でも間違っていると思えない、感覚が違うって事でしょうか。
世の中答えなんかいくつだって有る。
それを1つか2つしか答えが無いというと窮屈になる。
私にとって学校はとっても窮屈だった。
でもね、一生付き合う友達ができた事、
これは私が学校に行って良かったと思う事かな。
お客さんやっていても何とか自分なりに学べた事もあったしね。
だから時々私は漢字を間違うの、それは私の愛嬌と思っていて
気に入っている事です。

・いい子でいたい

私は小さい時から親にとって、いい子でいたいと願っていました。
本当に、そうしたい、そのように努力した時もあった人だけど、
いい子になれなかった、悲しかった、親に喜んでもらいたかった、
そしてとても疲れた。
私は今、幸年期、いまだに親にとっていい人間になれない。
そんな自分が自分らしくていいかと思えてきた。
ありのままの自分を親に見せる
このごろ自由になったような気がしています。
とらわれってこんな所から有るようで、
みんなも、とらわれがなく幸せになって欲しいなと思います。

・他人に好かれる事

人は自分が他人に好かれるかどうか気になります。
私もその1人です。
私の個性なかなか大変で、出会った人にいつも言われるんだけど、
「自分の人生で見た事が無いタイプ」だって。
それはそう、私はこの世で私1人だもの。
世の中、みんなに好かれる事は無いし、
みんなに嫌われる事も無い。
だから少しは気にしても、それで心がいっぱいになる事は
無いのだと思っています。
心が自由ってこんな事かなって。
ただ好き嫌いという事では無く、他人がいろいろ心配して言ってくれる事。
せっかく2つの耳が有るのだから、聞く事かな。
それとふりまわされず自分の良い行き方につなげていく。
それは人生の知恵かなと思う。

・私の老後

私は自分の老後をわくわくしながら考えます。
自分が終の住処に、こんな所だったらいいなと思うような
グループホームをつくりたい。
気の合ったどうし寄り添って、そうでない人達とは
ちょこちょこやりあいながら、
”さなぎ”さんから出てきた人達で仕事として
面倒をみてもらいたい。
きっと温かだろうな、
そこに私が入るのです。いっぱいいっぱい面倒をかけ、
最後に「じゃ、あばよ」って死んでいく。
私の葬式はとっても明るくて、
みんな良かった良かったとドンチャン騒ぎ、
いじわるばあさんも悪くないなと思います。