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子供が可愛いなら本気で叱れ

2009-03-31(火) 04:42 | 三浦周時

子供が可愛いなら本気で叱れ

愛知県半田市内の中学校で今年1月から2月にかけ、1年の男子生徒たちが妊娠中だった担任の女性教諭に対し「先生を流産させる会」を結成して、教諭の給食に異物を混ぜるなどの悪質ないたずらをしていたことが分かった。

(中略)

一連のいたずらは2月下旬に発覚。学校は保護者同席の上で生徒たちに注意した。
今は深く反省しているという。学校によると、教諭は「生徒らが反省をし、それを生かした行動をとれるようになるのを望んでいる」と話しており、刑事告訴はしない意向。

(中略)

同校の校長は「ゲーム的な感覚や友人との付き合いでしたことで、流産させようと本気に画策したわけではないと思う。命の教育を浸透させ、今後二度と起こさないようにしたい」と話している。

http://www.chunichi.co.jp/…0091146.html
http://blog.livedoor.jp/…1239868.html

やんちゃな子供たちがやんちゃな悪戯をした。
これが未成年でなければ被害者や事件を知る人たちが告訴しなくても法に問われるのが刑事法だ。

刑事事件と同レベルの傷害未遂が、子供のやったことだからと許されるのはおかしい。

少年法というは、未熟な未成年に代わって親が罰せられるというのが本来の意味だと思っていたが、現代の教育現場では違うようだ。

ふぬけた愛知県半田市教育委員会とその上層機関すべてに物申す。

これが外国だったら?先進諸国の法律だったらどういう判断だったろうか?想像は容易だ。
どうやら日本の文部科学省は未来の日本人成年を腑抜けにしたいらしい。

もしも報道どおり、”生徒らが反省をし、それを生かした行動をとれるようになるのを望んでいる”のであれば、法に問うのと問わないのとどちらが子供たちのためになると考えられるか。

知的障害も精神障害もなく刑事責任を全うできる成人であれば、留置所なり刑務所なり”外部から守られた環境で”の更生期間が与えられる。
これが世界的にも歴史的にも非常に完成度の高いシステムだということは意外と知られていない。

罪を償うために”安全な環境で”・”時間”と”食”と”健康”を保証されることのありがたみというのは、現代の日本において最も”基本的人権”のありがたみを味わうときだろう。

子を持つ親は、我が子が自動車の飛び交う道路に飛び出そうとしたなら「危ない!」と叫び、ビンタを張って抱きしめ涙で無事を喜ぶものだ。
命の教育というのはそういう、危険が迫ったときにしかチャンスがない。

罪を罪と知るチャンスを与えてもらえない件の少年たちの不幸を、不幸なこととも知らず、全国の中学生たちもこのニュース報道を見ている。
4月から中学3年生になる私の娘もだ。