これって鈍感力?
2009-03-12(木) 21:25 | 三浦周時
ベストセラーになった本”鈍感力”ですが、内容は知らないけど(笑)、今のおいらは鈍感になることに力を入れています。
ほんの10–20年前には名もない”性格の問題”と呼ばれたものも、現代ではアスペルガー症候群だとかADHDだとか、ちゃんとした名前が付きました。
名前がないと人々には認識されにくいので必要があって名前が付きました。
その中でもまだまだ無名な”HSP”に近いらしいです。おいら。
ちょっとここから話がそれますね。
簡単に理解できない非常に微妙なものから、わかりやすい変な人もいますよね。 でもその人の知能に関しては障碍とは無縁で、また人格の善悪や有害無害とはまったく別の問題です。
アスペルガー症候群やADHDは今や一部で流行といえるほどまで口にされ、理解したつもりになって、人々の人格のレッテル貼りに利用されてしまったりと副次的な問題にすら発展しています。
「親の育て方に問題があったんでしょ」と言っても当事者やその親御さんにとっては何の救いにもなりませんし、むしろわかったつもりになって考えるのをやめるだけです。
「アスペルガーっぽいね」とか「ADHDっぽいね」と話しても、親の育て方を批判するのと同じで、考えるのをやめたら同じことです。
話がそれました。
HSPというのは、過敏な性格のことで、人の顔色が気になってしょうがなかったり、自分の言動を振り返りすぎたり、それが本人にとって障碍になっている状態のことです。
おいらの場合、HSPっぽいというのは、家族以外に対して頑張りすぎたり格好つけすぎたりしてしまうことです。
第一子として産まれたらこういう性格になりやすいそうですが、かつてサラリーマン時代に、誰も望んでないのに何もかも一人でやろうとして冷ややかな目で見られ、スタッフと喧嘩し、上司に叱られ、調和を乱しました。
業績や評価にこだわり無理ばっかりしました。
今考えると、弟子を育て、部下を統率できて、何もしてないかのように見えるぐらい涼しい顔をし、持ち場の責任者として責任を引き受ける。これが理想だったのかもしれません。
「ねえお母さん見て見て!僕を見て!妹ばかり構わないでさ、ほら僕だってこんなことができるよ、ホラ!ホラ!褒めてよ、もっと・・・もっと・・・」
「おまえはお兄ちゃんなんだから我慢しなさい。おもちゃぐらい妹に貸してあげなさい、譲ってあげなさい」
会社でも褒められたくて暴走していたようです。
あのころの仲間たちには本当に申し訳ないことをしました。
そろそろ”鈍感力”に話を戻しますね。
まだまだ鬱病で衰えた体力は戻っていませんし、心がけてトレーニングしても長い時間がかかるでしょう。
やりたいこともやらねばならないことも山積みです。
”働きたい。”
私には中学生の娘がおり、働いて努力している父の背中を、娘は恐ろしいほど冷静に見ています。
”働いて稼ぎたい。”
昔の自分のように、空回りを繰り返して気力も体力も失うまで働いては何の反省もありません。
できることだけを腹八分目までこなすだけです。
おいらにとっての”鈍感力”。
もっと働きたい痛烈な気持ちを抑えて、できることを腹八分目までこなすだけです。