べてるの家
2008-08-31(日) 01:04 | 長沼睦雄
M病院に赴任して5ヶ月が経過しました。これまであまり診療することのなかった統合失調症などの患者を数多く診ることとなりましたが、大人の精神病患者の悩みの深さや症状の激しさや回復の変化は予想以上でした。
今のところ入院や外来での受け持ち患者さんが少ないので、比較的ゆっくりと患者さんの話を聞いて診療することができていますが、毎日忙しく病棟を駆け巡っている状態であり、月に5回程ある当直の夜は日勤よりも忙しかったりすることもあります。
先日、浦河の『べてるの家』を訪問したある患者さんが、ある小冊子を持ってきてくれました。それは1996年に博進堂文庫から出版された、「べてるの家に学ぶ」というタイトルの小冊子で、ソーシャルワーカーの向谷地(むかいやち)さん、精神科医の川村先生、博進堂社長の清水さんらの対談内容が書かれた本でした。この内容が現在の『べてるの家』の原点だろうと思います。
『べてるの家』は精神病患者さんたちが起業し自主運営する会社をいくつか持っています。現在では全体で年収1億円を超えるまでに大きくなっているようですが、起業のきっかけは、早坂さんという患者さんが『べてるの家』に入り、牧師の奥さんの勧めで「昆布の内職でもしようか」と始めたことでした。
早坂さんは、中学校時代に特殊学級での「いじめ」を体験し、社会に出た後も精一杯頑張ったけれども、続かなくて発作を起こして入院しました。彼は、1984年のある集いで、みんなの前で自分の体験をありのままに語ることができ、それが彼にとって自分の劣等感を超えた世界との大きな出会いの場となりました。
そんな早坂さんと共に歩んできた向谷地さんですが、「彼は何度も失敗をしてきたけれども駄目な人ではない」「いろいろな失敗をしても人間としての大切な部分の価値はなくなっていない」といつも言い続けた人でした。
向谷地さんは、社会人1年目で『べてるの家』のある浦河の病院に就職し、逃げないでこの町で病気と一緒に暮らしていこうという患者さんたちと出会い、自分もここから逃げないと覚悟したそうです。発作を起こして倒れたり病状が悪くなったりする患者たちに、実は人間的な味わいがあり、汚い中にもホッとさせる明るさとユーモアと笑いを見つけられたと書かれています。
医療では、いまだ障害と健常を区分けしようとする「まなざし」が一般的ですが、向谷地さんは、患者さんと共通のものを見ようとし、一緒に生活していく彼らを身近にみる、ありのままの価値という「まなざし」を持っていました。
向谷地さんは、対話、コミュニケーション、人との関係、「和解」という関係性をとにかく大事にしてきた人です。病院も以前は治療体系を重視していたそうですが、次第にこの考え方が病院を汚染し、職員同士の人間関係とか患者さんとのコミュニケーションを考えようとしてきて、やっと『べてるの家』と目線が合ってきたそうです。
向谷地さんには、「ものごとを積み上げていくのは難しいが、降ろすのは楽である」「積み上げると重たくなるが、降ろすと楽になる」という信念があり、自分でも安心して、時には勇気をふるってものごとを「降ろして」きたそうですが、『べてるの家』の人と一緒にその大切さを確認してきたと言います。
『べてるの家』の人たちには、思ったらつい言ってしまう脆(もろ)さがあり、ミーティングでは、「あの人は自分より能率が悪い」「ああいう人はもう来てもらわない方がよい」という意見が露骨に出てしまうそうです。
その人を排除しようという意見が大勢を占めようとしたとき、必ず誰かが、「彼はやはり迎え入れるべき人ではないだろうか。排除というだけで問題は収まるだろうか」と言い出すそうです。「彼だって困っているんだ。何とか彼を受け入れようじゃないか」「そういうやり方や考え方がないだろうか」という意見に、みんながハッとなって、「そうだ、彼を応援しなければいけないんだ」となるのだそうです。
悩みや問題を排除しようとするのでなく、悩みを抱え込んで悩み続けようという姿勢が、『べてるの家』の人のもっとも本質的な特徴であり、悩みを排除するのは自己否定につながっていくということをよく知っている人たちだと書かれています。
『べてるの家』は、いろいろな問題が起こっても、損しないし傷つかない場であり、傷ついても傷つくことでちゃんと癒されていくという保障がされている場でもありますが、単に甘く無条件に受け入れるのではなく、徹底してその人のものはその人に返し、誰が何と言おうとも返し続けるといいます。
他人のやり方、生き方、その課題をうやむやにして抱え込むより、キチッとその人に批判すべきこととして返し続ける姿勢があり、その結果として、少し旅に出ないといけなくなる人もあるようですが、それは決して排除や決別などではなく、頑張ってねと見送りながら、きちんと繋がっていけるのです。
『べてるの家』の人たちは、「どう生きるか」をいつも目に見える形で突き詰めないと生きられない人たちであり、「どう生きるか」ということを青春時代のエピソードとして終わらせることなく抱え込んできた人たちだと向谷地さんは言っています。彼らは悩むことのプロであり、不安という実態のない観念に苦しめられていますが、商売とか物作りをすると悩みも具体的になり、苦しみもハッキリしてくるのだそうです。
『べてるの家』では、その後、清掃業を始めたのですが、やってもやっても儲からなくて、メンバーは病気になるし、何故それほどまでして利益を追求しなければならないのかという議論になったそうです。清掃業界のビデオを見てみたら、『べてるの家』にはその駄目な例が全部あったといいます。本当にどうなるのかと思っていたら、はじめは4,5時間掛かったのがやがては2時間までになり、みんなの連係プレーがうまくなってきたそうです。
自分のメインテナンスも苦手な『べてるの家』の人たちが、地域の人々のメインテナンスに出かけているのです。投げ出すのが得意の人たちが投げ出さないでいるのです。それは、一人ひとりのやる気だとか根性だとか努力だとかいう気負ったものではなく、ベースにある「安心」が、みんなの力を十分発揮させていたのだと向谷地さんは言っています。
そこには何か立派な思いがあるというよりは、いつも明るさと笑いとユーモアがあるのだそうです。ユーモアの語源は、ラテン語で「にもかかわらず笑えること」という意味だそうで、それは生きる勇気にも通じています。
この小冊子を読んで、私の大好きなパッチ・アダムスさんと共通する人間性を向谷地さんにも感じました。彼は、人の「弱さの、さらに弱いところの、さらに弱いところがいい」と感じるそうです。そんな人間に私もなりたいです。