心の扉
2008-05-09(金) 01:22 | 長沼睦雄
私の人生の転機はいま思えば36歳頃だったと思います。
発達障碍をもった娘を授かったのが契機となり、研究の道を諦め、自分にとって全く新しい領域である障碍の子どもたちの臨床へと足を踏み入れた時でした。
もともと好奇心旺盛で猪突猛進する性格でしたので、何でも学び体験し実践してみようと、全国の有名な施設や先生を訪ねたり、発達心理学の本を読みあさったり、大学で自閉症療育の指導を受けたりしました。
そんな中で出会ったのが「抱っこ法」でした。その抱っこ法の講習会に娘を連れて初めて参加したのは平成10年の春のことでした。
娘には辛くても泣けずに笑ってしまう特性があり、初めての抱っこの時にも笑ってばかりいてなかなか泣けないでいました。ところが、阿部秀雄先生に抱っこしていただくと、先生の「お母さん、助けてなんだね」の一声で、すぐに大声をだして泣き出したのには本当に驚きました。
それまで泣かない子どもでしたのに、その時を契機によく泣くようになり、「心の歯止め」が少しはずれたようでした。
その年の秋に私が娘を抱っこしながら「お父さんを選んで生まれてきたの?」「自分の身体を選んで生まれてきたの?」と問いかけると、いつもは目をそらせてしまう娘が私の目をしっかり見ながらコクンとうなずいてくれました。その時の私は「やはりそうだったのか」と万感こもる思いが込み上げてきて涙が止まりませんでした。
その後の石田先生と娘の筆談では「お父さんも苦しい、いっぱい苦しい。苦しいけど一緒に頑張ろうね。いつかお母さんも元気が出るよ。待っていようね。信じて待っていようね」と私に書いて伝えてくれ、その真心こもった言葉にただただ嬉しくて涙したものでした。
この後の筆談では「自分はお母さんが大好きなのに、自分がお母さんを困らせてしまっている。私がよい子にしていればいいのに、私は少しもお母さんを助けていない。もっとみんなを助けたいのに、できないでごめんなさい」という内容が何度か書かれ、日常の姿からは見えない娘の心を垣間見ることができました。
私が初めての講習会でお母さん4人の膝に抱っこされた時、両親の喧嘩に対して無力でいる幼児期の私のかなしい気持ちが思い起こされ涙が自然に出てしまいました。それが娘の気持ちと同じなのだと気がついた時、自分が父と同じ事を繰り返してしまっている悔しさとわが娘に対する申し訳けなさでいっぱいになりました。
後に受けた退行催眠では、柱の影から両親の喧嘩をみている自分の姿がイメージされ、そのときの自分のかなしい思いや両親それぞれの思いを改めて知ることになったのですが、「子どもは本当に親思いであり、悩み苦しむ親を助けられない自分の無力を嘆くものなのだ」とこれらの経験を通して実感させらました。
抱っこ法のすばらしいところは、親も子もしっかり泣けて元気になれるところであり、このことを契機に、娘だけでなく私自身も心の歯止めが緩くなり涙もろい人間になっていきました。
その後さまざまな体験を通して少しづつ私の心の歯止めは緩み、感情が自然に出入りするようになり、人前で話をしていてもあるシーンを思い浮かべただけで感情がこみ上げむせこんでしまうようになってきたのです。
障碍を持った子どもは、この人なら自分を愛してくれる、大切にしてくれるという親を選んで生まれてきます。私の診療にはそんな親子さんがたくさん訪れ、いろんなことを教えてくれています。
そんなあるお母さんの「心の扉を開いてみれば」の一言が、さらに私の半開きの心の扉を開いてくれました。人の心の扉を開かせてあげたい、そんなお母さんの思いに動かされたのでしょう。
人はいっぱい語りたいのです。自分でもよくわからない、言葉にならないことでも語りたいのです。こちらが心の扉を開きさえすれば、いっぱい語ってくれ、言葉にならないことも語ってくれます。そうすると、自分の気持ちも素直な言葉で出てくるのです。
「ありがとう」「すばらしいね」「だいすきだよ」「生まれてきてよかったね」
いつとは知らず、何故かもわからず、誰のせいでもなく、傷つけられる幼い心。そんな心は傷つくことを恐れ、心の扉を閉め、心に歯止めをかけてしまいます。
閉ざした心は自分では気がつかないもの。閉ざした心からは外に何があっても見えないし、聞こえないし、触れないからです。誰かがノックしてあげないと気がつけないし、開け方も、開くタイミングもわかりません。
そんな私の心が、いろいろな経験を通して少しづつ開かれてきました。今日はそんな経験を書いてみました。
ゲストさん^^
2008-12-02(火) 12:27 | ひらた
家庭の会話は大切ですね。
家庭を大事にしている事文章でわかります^^
私は
2008-12-01(月) 13:33 | ひらた
一方的に会話でなくしゃべっている時があります。
会話はキャツチポールなので、相手がどう考え話をしているか感じて、御互い様の気持ちでやるんだという事がこの頃少し分かってきました。
相手の気持ちが分からない時でも、聞く耳を持つ事でちよっとは違いだしたような気がします^^
アダルトチルドレン?
2008-11-30(日) 21:29 | ゲスト
家族と会話が成立しない・・・
会話ができることは素晴らしい
でも、アスペルガーに友人はできない、孤独には勝てず
結局、悪循環・・・人間一人では生きられないし、
会話の楽しみを知りたいよね!
自分の家庭は、会話第一かなぁ
ありがとう
一歩の畑
2008-06-20(金) 12:58 | ゲスト
14日土曜日に、S先生と共にいろいろな苗をうえてきました。
写真のとおり夢は膨大にひろがっております。(S先生の)主人は今年はあまり難しいのは‥と言っていたので我が家は、ブルベリーとブラックベリー
を植えました。S先生は来年はかぼちゃがいいなとか、スイカもいいな、とかはてはメロン作りたい!!といいだしています。(きゃあーやめて!!)そんなてまのかかるものわ‥‥でも土いじりをしている子供達の表情がよかった!やっぱり自然ていいのかな?と想いました。キャンプの頃には何か収穫できるといいですね。私は体の調子があまりよくなく、病院に行って検査ばかりしてます。
初めて心療内科にもいってしましました。軽い鬱といわれちゃいました。
先生のところまでは、遠くていけなかったのでざんねんです。でも、主人が一生懸命に気をつかってくれているので、とても感謝しています。
今度、私も木に抱きついてみようかな? k
yori
栗田さんへ
2008-05-17(土) 08:37 | ゲスト
やはり、膝が悲鳴をあげましたか。無理をさせてしまい、すみませんでした。登りはいいけど降りで膝に負担がくるのですよね。
栗田さんご夫婦には、あの実佳ちゃんを円山の頂上に登らせてくれた恩があり、一生忘れません。あの時は、絶対無理だろうと思ったのですが、栗田さんご夫婦が手伝うからと言ってくださったので、思い切って登りましたが、障害があっても皆が協力し合えば皆と同じ体験や喜びを共有できるという貴重な経験のひとつになりました。
彰悟くんも遠く親元を離れましたが、周囲の助けもあり本人も努力をして、しっかり自立できているではないですか。遠くにいても人の心や思いは届くので、しっかり見守ってあげてくださいね。
ララちゃんとの二人暮らしが始まりました。ララももう12歳だそうです。そんな年には全然見えないのですが、犬の年って見た目ではわからないものですね。こちらはほんとうに自然や環境に恵まれており、ララもいままでの窮屈な思いを残りの人生で解消して欲しいと思っています。
私も散歩しながら、自然を満喫し、ところどころの木に抱きついたりしています。
ここは自然や環境だけでなく、人柄もとても良い土地柄です。こちらに来てから、人とのことで嫌な思いをさせられたことはほとんどなく、職場でも地域でも人当たりが良くて穏やかな人たちばかりです。
住まいは一軒家なので、2階の2部屋が空いていますので、お酒でも持ってご主人と泊まりに来て下さい。
栗田母
2008-05-11(日) 16:14 | ゲスト
登山ご苦労様でした。私の左膝は3間ぐらい、痛くて針の先生には「これはブレーキ筋が悲鳴をあげたんですね」と言われ、サポータをつけながら仕事してます。5/3の焼き肉は見事に葉桜でした。相変わらず人はいっぱいでしたけど。ブログでワンちゃんが同居することになったようでよかったですね!
一人暮らしの寂しさも少しだけ、埋まりますね。昨日彰悟にパソコンが届いたようです。ひとりでセット出来たみたいです。家にいるときは、なんでも親が手を出してしまっていたので、少しは成長してるのかな???とおもっています。仕事も頑張ってやって、大学にも行っているといっていました。まだ、母は心配はつきないのですが、本人は成長しようとしているみたいです。ネットが通じたら先生のページも見るようにいっときました。先生も大自然の中いいもの一杯もらってください。
コメント
2008-05-10(土) 02:33 | 長沼睦雄
個人のメールではブログへのコメントを頂いていますが、私(長沼)のアドレスを知らない人からのコメントも頂きたいと思い、ブログへのコメントをつけてもらいました。感想や意見をお寄せください。