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裁判員制度への道

2010-02-12(金) 17:15 | ひらた

NHK 知る楽 12-1月号の歴史は眠らない
の本の中に 裁判員制度への道 青木人志さんが
書いたものを読んでいます。

これから私たちは人を裁く事になりました。

平田は人を裁けるのだろうかと思っています。

罪を犯した事による裁きの歴史をこの本から学んでいます。

青木さんは本のはじめの中で{学問的営為の根源には、
「自分は何者なのか」という切実な疑問があります}
と書いています。

{人は自分を説明する時に、結局は自分の環境を語るのが
普通であるし、人は自分を説明する時に環境を語るのが
普通であるしね他人もまたその人の中身を、歴史や文化や自然
との関連で理解するしかないのです。

比喩的な言い方をすれば、それぞれの人は歴史の中にいると
同時に、歴史がそれぞれの人の中に入っているわけです。

人間は外界に開かれており、歴史は私たちに確実に入り込んで
います。

体験したわけではないはるか昔の歴史が、自分を形成している
こともあります。

この点についてするどい省察をくわえた歴史家の阿部謹也さんの
言葉を借りると、「私たちは現在に生きていながら、私たちの
振る舞いや使っていることばその他のなかに、数え切れないほどの
過去がしのんでいる」(自分のなかの歴史をよむ)・・・・

現代日本で暮らす者は、理性や民主主義という価値を
信じている場合が比較的多いはずです。

じっさい、多くの現代国家は、そのような価値観にもとづいて諸制度
を設計しています。

でも理性、人権、民主主義といった観念は、ある時代に地球上のある
空間で生まれて、それから徐々に拡大していった歴史的存在です。}

自分というものも歴史的な影響を受けているのですね。

その時代時代で価値観が少しずつ違い量刑も違ってくる
事を分かっていないといけませんね。

自分という者を客観視して、脈々と繋がっている先人の知恵を持って
私たちは、裁判員になるのでしょうね。

でも怖いです。
それが平田の思いです。

だからなんとか罪をおこさないような世界を平田はつくりたいと
思います。

追伸
みんな尊い命なのですから。

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